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言葉にするのは難しい

 どんなに素直になっても、どれだけ自分の気持ちに正直になっても、それは言葉では表せないのだ。むしろ、本当の想いは、それがリアルであればあるほど言葉から離れていかざるを得ないと思う。

 

大人はよく子供にこう聞く。「おいしい?」とか「楽しかった?」とか「うれしい?」とか。

 

だけど俺はいつもその問いに戸惑う。戸惑いながらも俺は一応、そうだねと答える。でも、そのおいしさ、とか楽しさ、とかうれしさの正体は言葉となるそれらとは違うよな、と思い続けていた。

このおいしさは、「美味しい」ではないのだ。この楽しさもこの嬉しさも、その言葉ではない別のことなのだと思い続けてきた。

 

その違いは大人になるとだんだんとわかるようになる。分かるのは違いだけだ。大人になると、いつのまにかおいしいはおいしいになっていく。楽しいは楽しいになるし、うれしいはうれしいになっていく。そして俺も子供にいいたくなる。これは美味しいよとか。

 

子供の答えは虚ろだ。おいしいねと答える子供の感じるおいしさと、大人になった俺が感じるおいしさは、違うのだし、子供はそのことにどこか違和感を覚えながら答えているからだ。かつて俺もそうだったから、その違和感だけは分かる。

でもやはりそれがなんであるかはわからない。分からないけれど、その違和感は忘れないでいようと思う。