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新生活の準備その1 春から住む部屋と引越しの日程を決めた。

3月の初めに次の会社の近くの街に行って住む部屋を決めてきた。物件候補は5件くらいあって、順番に回って内見などをしたのだが、その中で唯一、前の住人がまだ退去してなくて中を見られなかった部屋があった。でもそこに決めてきた。なんとなく、ここだなという気がしたのだ。理由は特にない。駅に近いとか、南向きとかそういうことは多少あるけど、決めたのは直感でしかない。直感、インスピレーション、シックスセンス、ただの勘。でも、俺の勘は当たらない。もし俺の勘がもう少しでも鋭ければ、馬券成績ももう少しはマシだろう。だから、この直感には特に期待はしていないし何の意味もない。だけどそういう気がしたんなら、それに従わない理由もないのでそこにした。いつも思うことだけど、結局のところ、分からないことを決める時は運でしかないのだし、俺は運は良くないが、失敗には慣れているし、多少は落ち込むけど、それでもまた一からやり直したり、なんとか立ち上がってまた歩き出したりするのは得意なのだ。ということで問題があったのならまた引っ越せばいいと思って外観だけ見てすぐにそこに決めた。

それで、ひとまず住むところは決まったので、次に引越しの日程を業者と打ち合わせて、単身パック的なやつで日程を決めた。ちなみに、部屋の敷金礼金と引っ越しと自分の移動費など諸々の費用はすべて会社が負担するということでありがたい。

それから今の賃貸の管理会社に退去の連絡をした。いまのマンションは、騒音などいろいろと問題はあったけど、全体的にみるとそんなに悪くはなかったと思う。まず家賃が安くてそこがとても気に入ったし、近くに大きめの銭湯が二つあるのもよかった。

あとやることはなんだろう。電気ガス水道とかに連絡するのかな。役所に転出届を出しに行かないといけないのは知っているぞ。あとは郵便局にも連絡するんだ。他にも各種いろんな契約物の住所変更をやらないといけないな。まあぼちぼちやろう。

もう一つ、今日、百貨店に行って、綺麗なボールペンを買った。モンブランの黒とシルバーのシンプルなやつで、お値段もなかなかだった。けど、それを買った。なんというか、新しい環境にビビっている俺には、そういうのがいるのだ。これが証なのだ。不安と期待、勇気と挑戦のシンボルだ。そういうのがあると良いと思う。

というような感じで、新生活の準備をしているんだという記録。

 

就職活動その4 内定をもらったので4月からそこで働くことにする

内定をもらった。面接2回とSPI。応募した17社の中で一番大きな会社で一番条件の良い会社だった。記念受験みたいな気持ちだったので開き直って面接に挑んだのだが、それが逆に良かったのかもしれない。

活動期間はおよそ一か月半。あっという間だった。一息つきたいところだけど、これからすぐに引っ越しや新生活の準備をしないといけない。3月31日退職、4月1日入社だ。

転職先での職種や業務内容はこれまでと同じなのだが、なにせ大手の開発部。自分の技術レベルなんか、正直全然足りてないと思うのでやっていけるのか不安な気持ちしかない。必死について行けさえすればスキルはかなり上がるのだろうが、全然自信ない。それと英語も真面目に学ばないといけないようだ。やれやれ。

結局、転職は運と縁である。という誰かの言葉に尽きるのではないかと思う。この内定が自分の努力や行動の成果という気には少しもならないし、そもそも努力なんかしていないのだ。転職サイトに登録して経歴書を書いてエージェントに紹介された求人から自分の経験にマッチしていて条件が今までより良くなる会社を選んで応募しただけである。その中の1社にたまたま何かがはまって、たまたま面接もうまくいっただけなのだ。人生とはそういうものなのだろうか。まあ、よくわからないけれど、人生は進んでいく。教訓も秘訣もヒントも何もない転職活動の記録。

 

4月からは新しい会社でいかに悪戦苦闘するかの記録を残していこうか。そっちの方がたぶん面白くなる気がする。そこには挫折と苦悩、愚痴と悲壮感が漂っている気がする。

 

 

 

 

就職活動その3 3社面接に行った。

ここまで応募したのは17社でそのうち10社は書類選考で落選した。選考中なのか放置なのか分からないのが3社で、3社は1次面接を実施した。もう1社は1次面接日程調整中。

1次面接は人事担当1名と現場技術者1~2名のパターン。

面接に関してはどこもオーソドックスな質問が多く、技術的にもそれほど突っ込んだ質問はない。なんだかふんわりした質問に対してこちらも何ともふんわりした回答をしている。けど、これはダメなパターンなんだなあ。きっと、ふんわりした質問に対してその意図を正確に読み取って、自身の具体的な経験を交えたうえで的確に回答するのがキャリアの力量の見せ所なんだろう。めんどい。けど、なんとなく面接の雰囲気が分かってきたので、そのうちいい感じの回答ができるときが来るかもしれないし、来ないかもしれない。

 まあ落ち着くところに落ち着くだろう。

 

就職活動その2 15社くらいに応募してとりあえず2社面接になった

履歴書とか経歴書とか写真とかをアップロードして、それから15社くらいに応募した。それで今週2社と面接することになった。何社かは書類選考で落ちた。あとの会社はどうなっているのか分からない。音沙汰無し。エージェント経由なのに合否判定もなくスルーというのもあるのだろうか。

 

ここは受からないだろう。という会社から順番に応募している。その方がいいよね。大きな会社は給与も良い。けど当然に倍率は高い。まあ受けるのはタダだし、なんだったら交通費くれるんだからすごい。さすが大手。

 

とくに対策はしていない。寒いけど体調は良い。

就職活動その1 転職サイトに履歴書を書いてエージェント的な人と面談の約束をした

転職活動も3回目である。とりあえず転職サイトにログインする。私には再就職を頼ったりまたは誘われたりするコネも縁も無いので、こういうときは主に転職サイトかまたはハローワークを使うことになる。

 

ひとまずそれぞれ同じ内容で履歴のところをアップデートした。そしたらすぐに一つのところから電話がかかってきてまずは一度面談ということになった。早い。面談までに希望条件に合う会社をリストアップしておくので、職務経歴書を作っておいてくださいと言われた。うむ。前に作った経歴書があるはずなのだ。それに現職の経歴を付け加えよう。

 

サイトで適当に求人を検索してみたらちょこちょこと条件の合う会社が出てきた。これ順番に受けていけばどこか受かるんじゃないか。という程度の気持ちでいる。

 

3月末までに見つからなかったらまた無職になるが、それも良いかなと思う。そうなったらまた平日は園田、土日は京都か阪神で競馬ばかりしているだろう。人としてはどうかと思うが、これはこれで楽しい。

 

3年前と今の違い。求人は今の方が多いと思うし、3年分だけ私も多少スキルアップはした。だがその月日の分、確実に歳をとっている。

 

まあ日本中どこかに仕事はある。そうだろう。英語ができないので海外は探してない。

 

ここまでの活動時間は3時間くらい。いや、サイトをだらだら見てたりしたから5時間くらいか。

年収550万円の私が読んだ選りすぐりの本

私の年収は550万円です。平日の8時30分から17時15分まで仕事をします。
残業はありますが帰りたいときは帰ります。通勤は45分。
年間休日は122日+有給休暇。
そんな私が2018年に読んだ本の中で良かったものを、そこからさらに選び抜いて紹介します。

 

「権力」を握る人の法則 (日経ビジネス人文庫)

「権力」を握る人の法則 (日経ビジネス人文庫)

 

あの人、なんであの役職についてるの。そもそも仕事してるの?

生意気なあいつが出世した。たいしてことやってないし、偉そうにしてるだけじゃん?

あの仕事が成功したの、Aさんがいたからなのに、また進級試験落ちたの?

不思議だなと思っていました。不思議なんだけど、でも何となく、そこにはそうなるべくロジックが、確実にあるんだろうという確信めいた予感もありました。

それでこの本には、そのことが書かれています。

出世した人達が、ここに書かれた法則に自覚的であるかどうかはわからない。分かってやっている人もいれば、そもそもそういう性格な人もいるでしょう。

この本を読んだ後になってみると、組織の流れがなんとなく分かるようになりました。普段の生活の中で、ああこの人は権力を握っていくんだなという人が掴めてきます。分かってしまえば、あとは対処次第。まあいいかと思う人には協力するし、いや、こいつはダメだと思う人なら、そうさせない空気を作っていくことができます。毎日が少しだけ楽しくなります。

私自身は出世に興味はないです。

 

 

すいません、ほぼ日の経営。

すいません、ほぼ日の経営。

 

すごいです。怖いです。褒めてます。

やさしく、つよく、おもしろく。そうあれれば私たちの社会はもっと幸せになります。それは間違いないけれど普通はできないことです。普通の企業はやさしくなれないんです。私たちはただ強くなることしかできないです。強さのロジックを身につけてただ強くなるのが精一杯なんです。それだってできればたいしたことなんだ。とも言えます。

そんな世界で、まず、やさしく、という宣言。つよく、おもしろく。そうあってなお、やさしく、を一番前に。その根底に横たわるのは相当シビアなプロ意識でしょう。それをやっている人、そしてやれている組織があるということがすごい。

 

 

競馬 勝者のエビデンス ―玄人になる「確証」と「型」― (競馬王馬券攻略本シリーズ)

競馬 勝者のエビデンス ―玄人になる「確証」と「型」― (競馬王馬券攻略本シリーズ)

 

 今までの中で一番よく書けているのではないでしょうか。まあ全部読んでないですし、素人の感想ですけども。

他のジャンルを見渡せば、こういうことを、もっとよく書ける人はいますけど、競馬の世界の現役の書き手に限れば、他にいないと思います。

この本には競馬のことが書かれています。だけど、その競馬について書かれている文章を読みながら、私は別のことも思っています。書き手もそうだと思います。競馬のことを書きながら、別のことも描いていると思います。そういう書き手が競馬の世界にもいるというのは楽しいですね。

 

 

 あ、面白い。と思う瞬間が多かったです。それから、ああ、面白かった。と、終わってからも思えました。面白いとは何か。私にはうまく言えませんが、それについてずいぶん深く考えないとこのゲームは作れないと思います。当たり前ですけど。

一番面白いドラクエ。だと思いました。ドラクエ3ドラクエ4をやったときもそう思ったんです。

だから、ゲームってたぶんもっと面白くなりますね。もっと面白いRPGが出てくるんだと思うと楽しいですね。

 

紹介文に、これはあなたの物語です。って、そう書いてありました。でも、それはちょっと違うよね、と思いました。これは彼らの物語で、わたしの物語には重ねられないからです。でも、これを観た私は、わたしの物語、についても、ちょっとだけ静かに考えてみたりすることになりました。そういう雰囲気です。「This Is Us」と紹介文のコピーはちょっとニュアンスがズレていると思います。これは彼らの物語。それであなたの物語はどんな具合ですか?っていう方向だと思います。それを良き感じのコピーにした方がいいと思いました。ドラマとは全然関係ない意見です。素人のたわごとです。

ドラマはすごく面白いです。登場人物それぞれが皆いいです。さっきも言いましたけど、誰かの役柄に自分を重ねるとかそういうことでは無いです。彼らのドラマをただ観ているのが楽しいです。泣いたり笑ったりです。そういうことだと思います。

これから年末にかけてシーズン2を観ます。

 

 

ただただ圧倒的に面白いです。 それ以外に何も言うことは無いです。これを観ている時期はそれだけで人生が楽しかったです。瞬間瞬間が面白さの塊でした。こんな面白いドラマがあるのはすごい。衝撃を受けました。

 

 

ちょっと眠くなったので中断します。また思いついたら追加していきます。

 

普通の日

急にガタガタと大きな音がして、それからみんなの携帯電話がピロピロと鳴り出した。デカい地震がくるんだ。と思ったけど、いや、もう来てるんだ、さっきのガタガタが地震だったんだっていうことに気付いたときには、もう揺れは収まって電車は止まっていた。

 

そんなに混んでないし、空調も止まってないから、車内はそれほど緊迫した雰囲気じゃなかった。みんな思ったより冷静に待っていたと思う。会社や学校が休みになったとか、なってないとかそんな電話をしたりしてなかったり、俺の会社は通常営業しているようで、なんだかなあと思ったけど、でも別に帰っても仕方ないし仕事行くかって思ったりしていた。

 

それにしても、3時間くらいは電車の中で待っていたと思う。最終的に安全確認ができたので線路に出て歩いて解散ということになったのだが、それがちょうど会社と家の中間地点でどっちにいっても1時間は歩かないと行けない場所だったから、どうするかなあなどと考えてみた俺はしかし、もう電車の中にいるときから会社に行くことに内心決めていたので、さっさと歩いて会社に向かって歩き始めた。途中で寄ったコンビニにミネラルウォーターが一本もなかったり、道に迷ったり、遅れて運行している乗ったこともないバスに乗ったりして結局1時間30分くらいかけて会社まで行った。

 

みんな普通に仕事してた。どっかの部屋の電気が壊れたとかなんとか言ってたけど、別にどうということもない雰囲気だった。まあ、そういわれれば、別にどうということもないのだがなと俺も思ってしまった。思ってしまったが、別に実際どうということもないのだから、取り立てて騒ぐ必要もないし、騒ぎようもなかった。

 

それがあの日の感想だ。

言葉にするのは難しい

 どんなに素直になっても、どれだけ自分の気持ちに正直になっても、それは言葉では表せないのだ。むしろ、本当の想いは、それがリアルであればあるほど言葉から離れていかざるを得ないと思う。

 

大人はよく子供にこう聞く。「おいしい?」とか「楽しかった?」とか「うれしい?」とか。

 

だけど俺はいつもその問いに戸惑う。戸惑いながらも俺は一応、そうだねと答える。でも、そのおいしさ、とか楽しさ、とかうれしさの正体は言葉となるそれらとは違うよな、と思い続けていた。

このおいしさは、「美味しい」ではないのだ。この楽しさもこの嬉しさも、その言葉ではない別のことなのだと思い続けてきた。

 

その違いは大人になるとだんだんとわかるようになる。分かるのは違いだけだ。大人になると、いつのまにかおいしいはおいしいになっていく。楽しいは楽しいになるし、うれしいはうれしいになっていく。そして俺も子供にいいたくなる。これは美味しいよとか。

 

子供の答えは虚ろだ。おいしいねと答える子供の感じるおいしさと、大人になった俺が感じるおいしさは、違うのだし、子供はそのことにどこか違和感を覚えながら答えているからだ。かつて俺もそうだったから、その違和感だけは分かる。

でもやはりそれがなんであるかはわからない。分からないけれど、その違和感は忘れないでいようと思う。

読んでいる瞬間が面白い

今日は図書館で借りてきた舞城王太郎の本を読んだ

 

淵の王

淵の王

 

 読んでいる瞬間が面白いので、内容はあまり分かっていない。後からレビューを読んで、なるほどそういう話だったのかと気付く。